名前はもうない
おれはこないだ死んじまった────



「戦争がしたいのなら、イスラエルがお買い得だぜ。こっちの相手は人間じゃない」
「……人間じゃない?」
(中略)
「戸籍をつぶしても倒したい怪獣か…………何て怪獣だい?ゴモラか――――アボラスか、ドドンゴか……?それとも……」
「……レックス。――――ティラノサウルスレックス」

 たがみよしひさ作「化石の記憶」の一節だ。第一巻の初版発行は昭和61年1月10日。古本屋を巡れば、見つかるかも知れない。それくらいの価値は有る。

 主人公、美袋竜一は故郷縞の赤森に出没する「ぬし」を追っている。
 1歳と2ケ月の時、母親は自宅で「ぬし」に喰われた。父親は「ぬし」を追って赤森に入り、帰らなかった。隣家でお守りされていた竜一だけが助かった。

「このさい、おやじやおふくろはどうでもいい……あの時……もしもおれがおふくろと一緒にいたら――――……おれはおれの敵を野放しにしておくほど寛容じゃない」

「ぬしさえ……やつさえいなけりゃ、田舎の名家の馬鹿息子でくらせたんだ……」

 どこまで本音かは判らない。本心の一切合切を語る露悪趣味を持ち合わせた男じゃない。

 竜一はタフガイだ。どんな状況にあっても、己の意志を貫く強さを持っている。しかし、タフと言う言葉には、無神経なイメージも付き纏う。事実、彼は目的の為に、手段を選ばない。

 拳銃弾を手に入れる為に、情人との行為を密かに撮影し、その父親に売りつけた事が有る。その情人が殺人容疑で手配されると、潜伏先のアパートから救い出す為にショットガンをぶっ放し、警官を殴り倒した。銃で車を脅し奪った事も有るし、手段は不明だが盗んだ事も有る。捜査を逃れるようと、自殺を偽装した際には、目撃者を作る為に喧嘩沙汰を起こし、刃物で斬りつけた。挙げ句、逃走資金にと情人に作らせた金を盗んで逃走――――。

 彼の淡々とした語り口調は、矢作俊彦作品の主人公を思わせる。しかし、人となりは別だ。氏の書き出す主人公達は、自身を隅から隅まで気に入る為に、損得抜きに流儀を貫き、手段をとことん吟味する。竜一のやり口は、氏の愛した四番打者よりも、蛇蝎の如く忌む元背番号16の一塁手に近い。

 主人公が銃を手にしている事に理由付けが有り、その資金繰りに苦慮している点で、この作品は日活の無国籍アクションとはやや、趣を異にする。それでも、前半部には、如実にその影響が見える。終盤はタイムマシンとタイムスリップを絡めたファンタジーだ。

 この作品における時間の扱いは、アインシュタイン以前の古い物だ。現代の理論とは、明らかに食い違う。だからと言って、理論の不備を責めるのは皮相と言う物だろう。学術的な正しさは、作品を彩るツマでしか無い。事態が生じた際の、状況の推移と、登場人物の心理や動向の描写に、どれだけの迫力が有るか。臨場感が有るか。それこそが肝要だ。そう言った意味で、この作品は出色の出来だった。
 たがみよしひさの描く、好色なだけが特徴の主人公達に、俺は全く魅力を感じないが、美袋竜一だけは別格。今、読んでも十分に楽しめる作品だ。

 話が長くなった。

 竜一は「ぬし」と対決する為に、ライアットを手に入れる。作中、人間を撃った事は一度も無い。
「UGMに入隊でもするのかい?」
「いんや……MATだ」
 以来、俺にとって、ショットガンは兵隊や警官の道具ではなく、タフガイ・ヒーローが己の意志を貫く為の、必殺兵器だった。

 ショットガンを欲しい。何度かそう思った。しかし、世に出回る品はどれもこれも、ショットガンの形をしているだけの、セミオートライフルに過ぎなかった。俺は失意の内にショットガンを諦めた。

 それから、10年が過ぎた。

 M945のグリップを手に入れる為、ミスタ・ロバート=デニーロの店に立ち寄った時の事だ。店の様子が、以前と少し変わっていた。電動のM16に占拠されていたスペースは、ショットガンに入れ替わっていた。今は、これが一番面白い。ミスタ・ロバートはそう、試射を勧めてくれた。的に向けて引き金を絞ると、10発のBB弾が爆ぜた――――。

 以前、電動のM16を持っていた事が有る。餓鬼の時分、子供向け雑誌で見て以来、好きな銃だった。過去形だ。すぐに飽きて手放しちまったが、買ったばかりの頃は、フルオートでばら撒くのが楽しかった。銃は男性器の象徴、それは射精の快感だ。友人が、そう言った。

 俺はいまいちピンと来なかった。一切合切をSEXと死への願望に結びつけるしか能の無い、アメリカの田舎学者の言い分に、俺はいつだって懐疑的だった。仮に奴の理論を認めてやった所で、それは精々、放尿の快感に過ぎなかった。

 黒い銃先から、白いBB弾が一斉にぶち撒けられる。その感覚は、まさに射精だった。焦らされに焦らされ、10年越しの快感が背筋を突き抜けた、その3秒後、俺は財布の中身を数えていた。

 あれから、何度かショットガンを撃った。BB弾が歪な楕円を描いて散らばった。しかし、何故だろう?俺は心楽しまない。試射の時は、もっと派手に散らばった。そんな気がしてならないんだ。

 無理も無い。あの一撃が10年越しの射精なら、銃を手元においての射撃は、精々、お手軽なマスターベーションに過ぎないのだから。

 まあ、いいさ。俺はあの一射、あの一瞬に2万円を払ったんだ。それは決して、高く無い。




















First up date - H.16.03/12
Last up date - H.18.08/06
by YO - HIDAKA

−KSC S&W M945 Compact−

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